Viento del roble

不特定に、気ままに、サッカーを書き綴ればと。今年も何事も現場主義で。

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少しは昔の話でもしてみよう

とはいっても自分のことですがね。
私のサッカーとの出会いは小学1年生。那覇の公務員宿舎でした。
友人たちがなにやら白と黒のボールを蹴っていて混ぜてもらったのですが、
両足でボールに乗ってしまい後頭部からコンクリートの上へダイブ。
1週間ほど腫れが引かなかったのは未だに覚えています。
通っていたスイミングスクールで流れていたキャプテン翼で、
あれがサッカーといって、私をこかした白黒のボールがサッカーボールなんだってことを覚えた。
でもトラウマのせいか、それっきりサッカーはやらずにスーマリに走ってしまいましたが(笑)

それから数年が経ち、千葉県は鎌ケ谷市の小学校に通っていた頃、担任の教師がサッカー部の顧問になりました。
毎日朝とお昼休みはほとんどの男子がグラウンドへと飛び出していって教師とサッカーをしている。
仲間はずれにはなりたくなくてあんまり好きじゃないけれども何とか無理やり混じってた。
で、当然のごとくリフティングは出来ないようなへたっぴなので攻めには行かずひたすらDFをやってたわけです。
そうしたらひょんなことで、1対1でボールが取れまくったことがあったんですよ。
『おまえのマークはスッポンだなぁ』見たいな事を言われて嬉しかった。そこからちょっとずつ好きになってきたのかもしれません。
未だにやる時はDFが好きなのはそのせいかもしれない・・・。

中学はサッカー不毛の地関西で3年間。
でも、卒業した年の5月にJリーグ開幕。大阪にはガンバが関西唯一のチームとしてありました。
関西唯一ということで始めて気になったチーム、柏に来てからも結果だけは追い続けてた。
とりわけ、磯貝がすきでした。(今は見る影も・・・苦笑)
そんな私が地元にチームがあると知ったのはJリーグ開幕の年の夏でした。元セレソンのカレカが加入というニュースで。
そんなわけで柏もニュースを追うようになり、その年は昇格できず、迎えた1994年。W杯のテレビに熱狂し、同じ競技が同じ市内で行われているんだからと足を運んでみたのが運のつきでした。
テレビを上回る近さと熱狂振りに一瞬で取り込まれました。
折りしも昇格競争で今で言うところのライトサポも熱狂し易い面もあったと思います。

なんとなく、ふと振り返ってしまいましたが、そんなこんなで15年目の開幕を迎えようとしています。
サポーターをやっていると嬉しいことだけではないけれども、まぁ1年楽しくサッカーを見られますように。
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テーマ:サッカー - ジャンル:スポーツ

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